
調査担当者 可児 猛(Kani Takeru)
出身地 岐阜県岐阜市・現在は長野市近郊に在住 |
生まれ年 昭和46年(54歳) |
出身大学 早稲田大学商学部 |
<業界歴>26歳の時に、父が岐阜市で創業した「株式会社大日不動産」に2代目として入社。その後、東京~横浜~名古屋の不動産会社で武者修行を行い、41歳で2代目社長に就任。その間、副業として5年間ほど行政書士事務所を開業。別会社で「きらりコーポレーション株式会社」を経営。大家業も営んでいます。不動産調査代行・重説作成サポートは令和4年からスタート。 |
家族 妻と中学2年の長男、小学5年の長女、祖母と5人暮らし |
趣味 ジム通い、温泉、ドライブ、読書、ランニング、スキー |
座右の銘 人間万事塞翁が馬(良いことも悪いことも、すべて次の展開に繋がっている。) |
昭和46年生まれ、岐阜県郡上市の美並という山村で育ち、毎日裏山に登って、田んぼで草野球したり、イノシシが生息する谷の奥まで探検したり、野イチゴでいちごミルクをつくるような毎日を送っていました。真面目で繊細だけど、好奇心が旺盛な少年でした。小学校6年生から岐阜市に家族全員で引っ越して、田舎者の少年は、すっかり岐阜の街っ子になりました。中学時代~高校時代は早朝に新聞配達のアルバイトをしていて、高校時代には、そのアルバイト代でサイクリング車を買い、ユースホステル(安宿)に泊まりながら、一人で各地をツーリングしたり、青春18きっぷで全国各地を電車旅していました。
高校卒業後は、すぐに上京して、世田谷区八幡山の朝日新聞販売店に住み込みして、「新聞奨学生」として給料をもらいながら予備校に通い、1浪の末、早稲田大学に合格!(毎朝4時起きで1日5時間労働。雨にも酷暑にも負けず、我ながらよくやったと自負しています。)
大学2年の時、バブルがはじけて親からの仕送りが激減。学費と毎月3万円だけは親が負担してくれたので、残りの生活費は自力で稼ぎました。結局、1年間留年して、5年かけて卒業しました。
大学時代は、学業以外に塾講師、家庭教師、ホテルの裏方などしていましたが、一番面白かったのは、東海道新幹線の売り子のバイトでした。当時は「日本食堂」という会社があり、特急や新幹線のワゴン販売と食堂車を運営する会社だったのですが、東京から大阪までの片道3時間で、10万円を売り上げるという快挙を2回ほど成し遂げています。(金曜の夕方便で、ワゴンに弁当とビール、単価の高いつまみを山積みして、お客様全員にしっかり目配せすることで、実現できました。正直、これが出来る人はごく少数です。)今ではこのような販売は不可能ですね。平成初期の古き良き時代でした(笑)
その後、1年間のサラリーマンを経て、26歳(1996年)に、家業である大日不動産に入社。元々街の不動産屋さんでしたので、アパートや駐車場の賃貸から売買仲介まで、ほとんど何でもやりました。そんな中1998年から2015年頃まで、岐阜の大手地銀(大垣共立銀行さん)の本店審査部&共立(現OKB)信用保証会社の信任を経て、岐阜地区の任意売却物件(=不良債権となった住宅)の売却処理を何十件もリピート受託。先代社長(父)と共に営業の先頭に立ち、債権者である銀行さんはもちろん、数多くの売主・買主を、売買仲介でサポートさせていただきました。父がもっぱら銀行&売主対応で、私が買主対応&査定~物件調査~書類作成~立ち合い宅建士という立場をとっていましたので、サポートに関しては万全の体制をとることができ、そのあたりを銀行さんに信任して頂けたように思っています。
しかし、可児は一時期、父と意見の相違でケンカしたことがきっかけで会社を離れ、東京~横浜~名古屋へ不動産の武者修行に出ていました。不動産ベンチャー企業から地場の中堅不動産会社を含め、大都市圏の不動産売買も多数経験しました。その時、不動産業者の表裏(とりわけ不誠実な現実)を沢山垣間見て「これからの不動産業者はどうあるべきか?」という思索を深める貴重な機会となりました。
その後、父と和解して大日不動産に戻り、41歳の時「お前、そろそろ社長になれ!」と言われました。快諾のうえ、2代目の代表取締役に就任しました。
さて、担当者(可児)個人の不動産にまつわる経験として、自宅の住宅ローンを3回組んで、かつ、自宅を2回売却しています。そのうち、注文住宅を1回建てて、フルリフォームを1回経験しています。今の長野の自宅が3回目の住宅ローンですから、色々勉強させてもらっています。ちなみに、金融機関は「JAながの(ながの農協)」です。金利もお値打ちであり、穴場的な住宅ローンです。
担当者の事業経験の範囲としては、賃貸仲介&賃貸管理業務そのものは20代の頃から数多く経験しており、アパート、貸家、事業用建物、月極駐車場、事業用定期借地権、普通借地権(旧法・新法)など、ほとんど何でもやってきました。平成24年頃からは、自ら別会社を設けて、大家業もやっています。(最大3億円の資産を保有していましたが、随時売り買いで変動しています。ちなみに、いずれもの保有物件も満室経営を実現しており、売却時にも利益をしっかり確保しています。)したがって、不動産投資案件も、自ら色々汗を流してきたので、自信をもって対応することが可能です。
このように、公私共々、様々な不動産取引経験を経て、不動産調査、重説作成の経験も相当程度積み上げてきました。その経験をぜひ社会に、日本全国に還元したいと思い、宅建業者支援として、「不動産サポートJapan」を立ち上げました。取引に精通した宅建士による取引サポート業務は、必ず、皆様のお役に立てるものと確信しています。
その他色々お伝えしたいことがありますが、改めてブログ等で情報発信をさせて頂ければと思います。ここまでご一読いただき、誠に有難うございました。